スペシャリストが、他と差別化がはかれているかどうか?
基準は、その”スペシャリスト”である所だけ。
非常に、わかりやすいと思います。
確かに、芸術的な要素を含む”デザイン”などになると、明確な基準というのも設定しにくいのも確かですし、”新しいものを創る”という場合にも、これから何が生まれるのか?というのを明確にするのは難しいと思います。
それだけに、”実績”が重視されますが、だれだって駆け出しの時期はあり、初めはある訳ですので、そのあたりはジレンマであるとも思います。
では、
ゼネラリストの評価基準は?
マネージャーや、ディレクター、プロデューサーと言われる人々は、すべて”ゼネラリスト”であると言えます。
つまり、なにかしらの目標があり、それにむかってそれぞれの”スペシャリスト”に最高の仕事をしてもらい、それらを束ね、結果を出すことを仕事としている人の評価基準は?ということですが、
もちろん、結果のみ。ということになります。
それも、何が正しくて、なにが間違いなのか?も、非常に不明確なものが評価基準であるといえます。
デザインをディレクションする”アートディレクター”とかいう職業になると、本当に何が正解かわかりませんし、そのデザインがもたらす結果の全てを予想するのも不可能ということになります。
なので、ビジネスとして行っている以上、なにかしらの成果を約束し、その対価を頂くのが本来なのですが、その未来の成果を約束できない上、そのビジネスの評価基準の設定すら難しい。という、さらに複雑なジレンマに追い込まれる場合があります。
どこまでも突き詰め、収益のみを基準とする。という評価を与えられているのが、”社長”と言うゼネラリストの代表のような存在であり、アートの積み重ねである、”映画”のプロデューサーも、その興行収入でのみ計られる。のであれば、非常に分かりやすいですね。
このように、複雑な業務を全てまとめて、”数値”や”金銭”で評価せざるを得ない状況というのも、少なからず存在し、ゼネラリストの業務を考えると、必然的にそっちの方向で評価される場合が多くなります。
将来の結果は約束できませんが、
全力で努力することは約束可能です。
発注する側も、受注する側も、ある程度のリスクを負担する代わりに、そのプロジェクトから得られる将来利益も享受し合うような、そんな契約方式が理想なのかもしれません。
ゼネラリスト養成会社であるnot for sales Incorporated株式会社としては、その契約内容も、クライアント様に合わせてご提案できればと思っています。